濵中琴乃[5件]
いいねしたよその子との存在しない小説の一文を抜粋する
omikoさんへ +掛川シ集メンバー
今日、めっちゃ調子いい。
その言の通り、瑠夏の束感のあるまつげはダマになることなくきれいにマスカラでコーティングされ、伏し目がちな彼女の視線の輪郭をはっきりさせていた。
「い~ね。新しいの買ったの?」
「いや、いつもの。なんか今日すごい綺麗にできた」
「そういう時あるよね~」
琴乃は自身の爪を確認しながら相槌を打つ。乾ききるまえにうっかりぶつけてはがしてしまって、間に合わせのようにラメを埋めた左手の中指の中心が、いびつに盛り上がっている。調子がいい、悪いで言えば、悪かったときの出来だ。まあ、瑠夏に褒めてもらったから、いいけど。
「そういえばさ、飲んでる?」
「え?」
瑠夏の投げかけた問いを、琴乃は即座に打ち返すことができなかった。
二人は現在、チェーンのカフェにいる。お互い飲み物を注文したから、まあ現在進行形で何かを飲んではいるのだが。瑠夏は目の前のカプチーノとは別のものを指しているようだった。
「緑茶」
「あ~、掛川の」
「そう」
「半年前か。え、まだ終わってないの?」
「いや、飲んでるんだけどさ!なんかすごいおいしいときとめっちゃ渋いときない?」
「え!あれウチだけじゃなかったんだ!」
共感を形成した二人の会話に熱がともる。掛川市で帰りに購入した茶葉。包装パックの裏に書かれている順序の通りに入れているのに、そのときそのときで味が異なる。あの市で飲んだお茶は、飲めたお茶は、一様ではないにせよ、ぜんぶおいしかったのに。
「一回めっちゃおいしいのできて、それにしたいな~と思って丁寧に入れたらなんか濃くなっちゃって」
「わかりすぎるんだが~~~」
「あれやっぱりそういうもんなんかな⁉」
地元民の蕃茄はいざ知らず、瑠夏と琴乃は家で緑茶を入れることなどそうそうなかった。飲むに堪えないほどの出来にはならないのだが、基本的に可もなく不可もない、お茶の味だ。そうやって飲んでいると、ふと奇跡のようにおいしい一杯が出来上がる。再現をしようとしたら遠ざかり、かえって雑に淹れたらまた現れたりする。
「ばんちゃんちのお茶はいつもおいしいのかな~」
「どうなんだろ。ばんちゃんの入れるお茶の味が安定してるってイメージあんまないけど」
「そうかも」
「優くんが凝ったら淹れるの上手になったりして」
「あるかも!!!」
二人の会話は弾み、やがてどちらともなくあの旅行で使用したトークチャットを開く。お茶の淹れ方について蕃茄も加えてああだこうだメッセージを交わした後、やや時差をおいて優の返信があった。
また、掛川でみんなでお茶飲みたいね。
畳む
掛川シ集二次創作小説
「あ」
大声というほどではないが、質量のあるつぶやきが隣から聞こえて、瑠夏は顔を上げた。見れば琴乃がスマホをもって口をあんぐりと開けている。顔の上半分は髪で隠れて見えないからわかりにくいけど、多分、がっかりしている。
「どうしたの」
「充電切れた」
「え~?」
「12%から一気にゼロになっちゃった。なんで?寒いから?」
「いや充電すくな」
「だ~~~~って30分待ちがさ~~意外とあったね~~」
そう、瑠夏と琴乃は今、30分待ちの列に並んでいる。向かう先に求めるのは、今をときめく麻辣湯。あったかくなるしおいしいし美容にもいい(?)し人気なら行くっきゃないよね!列長い?大丈夫でしょ!と勇んで並び、しゃべったりしゃべらなかったり、スマホをいじったりして時間を潰していた。
季節は冬。麻辣湯がとっても美味しいであろう気温。この時期にスマホのバッテリーのパフォーマンスがおかしくなるのを、我々は毎年忘れ、毎年、充電が切れて思い出すことになる。
「瑠夏もスマホしまってよ」
「え、私まだ充電あるんだけど」
「だって瑠夏がなんか見てて私暇だったらつまんないじゃん。スマホ禁止。」
「え~なにすんの。道中でだいぶしゃべったけど」
「しりとりとか」
「琴乃『る』攻めするからヤダ」
「うえ~~~ん」
駄々をこねるのに話題を提供しない琴乃にため息をつく。今日地下鉄で来たけど、スイカ使えないけど、琴乃は大丈夫なのだろうか。
「じゃああれ、こないだのオンセの録画あるからさ。それ聞いてよ」
「え!?ギガ大丈夫!?」
「一時保存してあるから」
「神~」
周り未通過だからネタバレ気を付けてね、と、琴乃にイヤホンの片方を渡す。ギャグシでみんなずーっとしゃべってたし、自分の声に変に恥ずかしくなることはないだろう。
充電は45%だし、よっぽどじゃなければ途中で切れないだろう。ぼんやり聞いて笑って、あったかくておいしいものを食べるのだ。
畳む