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誉田真大学一年。泳ぐのが好き(阿江)
ここについて

No.93


エモクロアTRPGファタルコール自陣二次創作小説



 忘れさせてくれるからいいのだ、と、御酒本は言っていた。
 いやなことを忘れて、体温が上がって、ふわふわして、いろいろがあいまいになっていく。直面したくないものと自分の間に、膜を通して、柔らかくできる。だからずっと飲んでいたいんだよね、と。常々。
 イツカにも忘れたいことがあった。仕事の失敗とか、変に相手を誤解させてしまって遭遇した怖いことだとか、

 目の前の男。ゴミ捨て場で意識を失っている御酒本の、空虚さがこびりついた表情とか。

「お兄さん、どうしましたか。」
「え~?」
「こんばんは。警察ですよ。」
「おれはだ~いじょうぶ。」
「一人で帰れます?うちはどこだか言えますか?」
「うんうん~えーっと、そこの角曲がってぇ~……あれ。」

 御酒本は声だけは明るく返事をして、話しているうちに覚醒し相手がイツカだと認知したようだった。
 いつかちゃんじゃあん、と、笑う顔は、なぜだかいつも通りで。
 イツカは、おそらく彼は、こういう顔を覚えていてほしいのだろうな、と感じた。

「送ってくれるのぉ?そのまま泊まってもいいよ?」
「泊まりは、しない。」
「ガードかたいなあ。」
「ガードの問題では、ない。人の家に泊まれるコンディションのときと、泊まれないコンディションのときがある」
「なに、調子悪いの?」
「……」

 イツカが答えに詰まると、横並びで歩いていた御酒本が回り込んできて、顔をのぞき込む。御酒本の大きな体は月の光をさえぎって、彼の作る影にイツカは閉じ込められてしまう。

「イツカちゃん、どうしたの?」
「……べつに」
「おれ、話聞くよ?」
「……いーい!」
「え~?」

 すこし明るい声を返せば、いつものやり取りに戻る。御酒本はすんなりとイツカを開放し、また隣に並んで歩いてくれる。

「御酒本さんが元気にならないかな~って!」
「え~、おれはいっつも元気だよ」
「ならよかったです!」

 忘れたい。
 酒が飲めたら、彼のあいまいな空虚のこととか、二人の間の境界線とか、そういうことを、ぼやかして飛び越えてしまえるのだろうか。

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